takanikoniko’s blog

本とお出かけと時々ドール。

俺が寝込んでる間にライダーが死んだらしい。

広告

この記事をシェアする

金曜日の夕方辺りから風邪っぽくなって、寝込んでいた土曜日。

トイレと水分補給に起きたのだが、寝すぎたせいかすぐに眠れなかったので

ツイッターを見ていたらこんな話が。

blog.livedoor.jp

まあ自殺した事に対してに云々言う気はないのだが。

「自分で死にたいと思った場所で死ねた」のは個人的にうらやましいかなあ。

いや俺が自殺するとなったら自分の部屋か、歩いていけるその辺くらいだし。

わざわざ鹿児島から北海道まで行って死ぬとか、どんだけ金も時間もあるんだ。

 

そんでもう一つ。

バイクには乗ってみたいんですよね。

それでうちのこと写真とってみたいんですよね。

そして動画もつくってみたいんですよね。

で、

「俺のやりたい事やってる」のに自殺してるんですよねこの人。

じゃあ、「俺がやりたいと思ったこの思考」はなんなんだ?

俺の判断は俺の判断だから、この人は関係ないと言えばそうだ。

でも、例えば「明らかに地雷」と判断されているゲームを自分はやるのか?

と聞けば「YES」と答える奴、「NO」と答える奴両方いるだろう。

俺はどっちだろう?

俺が「楽しそう」「やってみたい」と思った事をやっても、

本当は何一つ楽しくもなく、なんでこんな事やってんだと後悔するのだろうか。

そりゃ今はやりたいと思った事の為に何一つ動けてない。

もしかしたら一生やらなかったかもしれない。

でも間違いなく「やりたい事」のリストの中にあった。

俺はこの人の悩みは何一つ知らないし、苦しみを理解できるわけでもない。

ただ、間違いなくこの人は俺を否定した。

俺がやりたいと思った事を。

俺が楽しそうだと思った事を。

そんなものは生きてる理由にはならないと全力で否定した。

ありがとう。

俺の人生を無駄にしなくて済んだ。

でもな。

俺の人生からマイナスもプラスも奪いやがった。

俺の人生を退屈なものにしやがった。

そんな奴は「お前」や「奴」呼びで十分だ。

あ、もし会う事があればもうちょっと丁寧な呼び方はするぞ。

会いたくはないが。

ここから俺が精神の再建を果たせるか分からない。

しばらくの間は、バイクの動画や写真を見るたびにお前のことを思い出すだろう。

「楽しそうだなあ。そういや死んだ奴いたなあ。」

「実はそんなに楽しくないんだろうか」

もし、俺が本当にバイクに乗る日が来たら。

その時俺はどうするんだろうな。