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杉田玄白は「失敗の本質」を掴んでいたのかもしれない。「形影夜話」の感想。挫折したけど。

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ガチニート時代に読みたかったけどお金がなかった本シリーズ第46弾

杉田玄白

「形影夜話」

を読んだよ!

 

 

どうして読もうと思ったのか?

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 これを読んだんですが、ちょっと別のも読みたくなったのでチョイス。

「蘭学事始」ではないのは、あまり感想を見かけなかったのと、

解体新書を挫折したからそっちにはあまり興味がなかったからです。

こっちで正解というわけでもなかったですが。

 

ざっくりまとめ

 

解体新書を翻訳した杉田玄白が語る医者としての在り方、医学の哲学とは何かを、

夜中に鏡に映った影と対話するという形で記した本です。

(形影夜話というタイトルはここからですね。)

もうちょっと詳しく

そういう内容なので、”医療”にかかわらない人間が読むべき場所というのは少ない

ですが、それでも読むべきなのは、

「杉田玄白は失敗の本質を見抜いていたのではないか?」

という一点です。

「失敗の本質」というと一時期売れた

これを思い出す人もいると思います。この本の第1章3節のタイトルが

「体験的学習」では勝った理由はわからない

となっています。「超」入門失敗の本質曰く、

つまり、「追いかける指標」が先にあったのではなく、体験的学習の積み重ねによる体得(偶然の発見)が生み出した成功なのです。(中略)必ずしも戦略が先になくとも勝利することができ、ビジネスにおいても成功することができるという驚くべき事実です。

とあります。

「超」入門失敗の本質が第二次世界大戦という”軍事”を用いてビジネスを説くように、

杉田玄白も孫子と呉子(ともに中国の戦略家。孫子は有名ですね)という”軍事”を

用いて医学を説きます。

あらかじめ体の形態をきわめるのは、いわゆる兵家の孫呉(孫子と呉子)とおなじことであろう。孫呉を知らなければ、戦の原理は立たないものだときいている。医学も形態をくわしく知らなければ、医学の原理は立たないものである。(中略)シナの医者は孫呉を知らぬ軍人のようなもので、合戦の場数になれているのでよく戦い、その功によってしだいに身を立て国をおこした将軍のようなものとおなじで、戦闘はうまいが、戦の原理にうといので、勝つことはあっても、いつもあぶなっかしい勝ち方だというのににている。(中略)これでは、ただなんとなくおぼえた「場数をふんだ功」とおなじことである。

 言いたいことが似てると思いませんか?

どちらとも、「よくわからないけどうまくいった」事を積み重ねて成功していることに

警告しています。

そして杉田玄白はこうも言っています。

元来戦の原理にうとい大将は、必勝の理を他人に説くことはできないであろう。

なぜ患者が治ったのか分からない奴に医学が分かっている訳ないだろう。

何故成功したのか分かってない奴に成功した理由が分かるわけないだろう。

ということですね。

多分親方なり上司なりの「動きを見て盗め」というのも、なぜうまくいったのか分かってない部分が大きいのでしょうね。

まとめ

 挫折したのであまり書くことがありませんが、杉田玄白の慧眼、先を読む目は飛びぬけて優れていたのでしょう。

解体新書を訳し、この形影夜話がその証拠なのではないでしょうか。

 

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